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大阪地方裁判所 昭和41年(わ)3108号 判決

主文

被告人東海商事株式会社を罰金三〇〇万円に、

被告人朴福根、同朴正浩を各懲役六月に

それぞれ処する。

被告人朴福根、同朴正浩に対し、本裁判確定の日からいずれも二年間それぞれの刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人田中猛、同季徳夫に各支給した分は、被告人東海商事株式会社および同朴福根の、証人西岡謙司、同鎌田務、同浦田弘に各支給した分は、被告人東海商事株式会社および同朴正浩の各連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人東海商事株式会社(以下単に「被告会社」という。)は、後記本件犯行当時、東京都千代田区内幸町二丁目三番地に本店を、大阪市東区平野町三丁目一五番地に大阪支店をそれぞれ置き、貿易業務を営んでいたもの、被告人朴福根は、被告会社本店の、同朴正浩は、被告会社大阪支店の各輸入業務を、その従業員として担当していた者であるが鉛インゴツトおよびその含有量が全重量の九七パーセントをこえる亜鉛インゴツトについては、課税価格が上昇するに従い関税率が低下することになつていたところから、右貨物についての課税価格を過大に申告することにより、差額関税を免れようと企て、

第一、被告人朴福根は、いずれも被告会社の業務について北鮮から鉛インゴツト三五〇ロングトン含有量が全重量の九七パーセントをこえる亜鉛インゴツト四五〇ロングトンを、別表(一)記載番号1ないし5のⅠおよびⅡ欄に記載のとおり輸入するにあたり、その輸入港に到着するまでに要する通常運賃の単価が、輸入港が大阪港までのときは、一メトリツクトン当り8.80ドルを、それが川崎港までのときは、同9.80ドルをいずれもこえるものでないのに、右貨物を運搬した拓洋船舶株式会社の係員をして、その都度、運賃は、輸入港が大阪港までのときはいずれも一ロングトン当り一三ドル、同川崎港までのときはいずれも一ロングトン当り一五ドルの各運賃請求書を作成させ、昭和四一年二月一四日から同月一八日までの間、前後五回にわたり、情を知らない税関貨物取扱人の協立海運株式会社外二会社の係員を通じて、横浜税関川崎税関支署または大阪税関桜島出憲所の係官に対し、右貨物の輸入申告をする際し、右内容虚偽の各運賃請求書を、他の通関関係書類とともに提出し、その課税価格が同表のⅢ欄の課税価格欄に記載のとおり(合計八四八七万二〇三三円)であるのに、これが同表のⅡ欄のCIF欄に記載のとおり(合計八六二五万九一二円)である旨過大に申告し、これを信用した同所係官から、同月一六日から同月一九日までの間、前後五回にわたり、それぞれ輸入許可を受け、もつていずれも詐欺の行為により同表V欄に記載の各差額関税(合計六一万六〇七八円)を免れ、

第二、被告人朴正浩は、いずれも被告会社の業務について北朝鮮から、鉛インゴツト313.967ロングトン、含有量が全重量の九七パーセントをこえる亜鉛インゴツト三〇〇ロングトンを別表(二)記載番号1ないし6のⅠおよびⅡ欄に記載のとおり輸入するにあたり、輸入港である大阪港に到着するまでに要する通常運賃の単価が一メトリツクトン当り8.80ドルをこえるものでないのに、右貨物を運搬した正和海運株式会社大阪駐在員をして、その都度、運賃は、一ロングトン当り一三ドルとする各運賃請求書を作成させ、同年二月二五日から同年三月二九日までの間、前後六回にわたり、情を知らない税関貨物取扱人の尼崎港運株式会社大阪支店外一会社の係員を通じて大阪税関又は同税関桜島出張所の係官に対し、右貨物の輸入申告をするに際し、右内容虚偽の各運賃請求書を、他の通関関係書類とともに提出し、その課税価格が同表Ⅲ欄の課税価格欄に記載のとおり(合計六五〇五万一三二五円であるのに、これが同表Ⅱ欄のCIF欄に記載のとおり(合計六五九五万二四五円)である旨過大に申告し、これを信用した同所係官から、同月三日から同年四月一日までの間、前後六回にわたり、それぞれ輸入許可を受け、もつていずれも詐欺の行為により、同表V欄に記載の各差額関税(合計四三万四九一三円)を免れ

たものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人朴福根の判示第一の各所為および被告人朴正浩の判示第二の各所為は、いずれも昭和四二年法律第一一号関税定率法等の一部を改正する法律の附則八条により、右法律による改正前の関税法(以下単に「改正前の関税法」という)一一〇条一項に、右被告人両名の判示各所為につき被告会社に対する関係では、右附則八条により改正前の関税法一一七条、一一〇条一項にそれぞれ該当するところ、被告人朴福根および同朴正浩の右の各罪につき、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上被告人三名の各罪は、それぞれいずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人朴福根、同朴正浩の両名については、同法四七条本文、一〇条により、被告人朴福根の関係では判示第一の別表(一)記載番号3の、被告人朴正浩の関係では判示第二の別表(二)記載番号6の各事実にかかる罪を最も重いものと認め、これにそれぞれ法定の加重をした各刑期の範囲内で、右被告人両名を各懲役六月に処し、情状により、同法二五条一項を適用して、右被告人両名に対し、本裁判確定の日からいずれも二年間それぞれその刑の執行を猶予し、被告会社については、同法四八条二項により右の各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内で、被告会社を罰金三〇〇万円に処し、なお、右の各罪にかかる貨物は、現在その所在が判明せず、したがつてそのいずれも没収できない場合に当るけれども、改正前の関税法一一八条二項にもとづく追徴は、後記弁護人の主張に対する判断三において説明する理由により、被告人三名に対して、いずれもこれをせず、訴訟費用の一部については、刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文末項のとおり、被告人三名に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一本件についての税関長の告発が無効であるとする点について

1  弁護人は、まず改正前の関税法一三八条但書一号の規定が憲法三一条に違反する違憲無効のものであるから、この想定にもとづきなされた本件についての税関長の告発は、無効である旨主張するけれども、右主張は、税関長のなす告発処分が裁判でないことを看過しているのでなければ、右告発を訴訟条件としてなされる裁判所の裁判の公正さに対する根拠のない危惧より出た独自の議論であつて、採用することができない。

2  つぎに、本件告発は、改正前の関税法の前記規定の要件の存否についての判断を誤り、また告発権を濫用してなされたものであるから無効である、と主張するところなるほど前判示のとおり、被告人らの本件事案は、差額関税の逋脱にかかり、しかもその方法も単純であるうえに、逋脱率もさまで高くないこと、右告発には、後に説明する通常運賃額の決定の誤りにもとづくの逋脱額の過大認定がみられること、被告人らには、いずれも前科前歴が認められないことの諸事情をみる限りにおいて、そこに高度の悪性を見出しがたいのであるけれども、前判示のとおりの本件事案の規模および態様とくにそれが反覆してなされたものであること、前掲各公判調書中の証人田中猛、同西岡謙司の各供述部分および押収にかかる平洋丸運賃帳(昭和四二年押第八七五号の33)、同金銭出納帳(同号の34)により認められる被告人朴福根、同朴正浩両名の本件事案の証拠隠減(反対証拠作出)工作の存在の各事情を考え併せると、税関長か本件事案における右被告人両名の情状が懲役の刑に処すべきものであると認めたことをもつて、不当となしがたく、また税関長が右告発の権限を濫用したことも認められないから、結局、右弁護人の主張は、採用できない。

二本件申告にかかる各CIF価格が課税価格と一致しているとする点について

1  通常価格および通常積込費用について

弁護人は、本件貨物の課税価格を構成する通常価格および通常積込費用については、その輸入申告に際し提出された仕入書その他の書類により難い事由がある(仕入書に記載されているFOB価格は、それが国際価格との比較において低額であることおよび社会主義国である朝鮮民主主義人民共和国には国内卸売価格なるものが存しないこと)と認められる場合にあたるから、関税定率法(昭和四二年法律第一一号による改正前のもの。以下単に改正前の関税定法」という。)四条三項により決定されるべきである旨主張するところ、なるほど右通常価格については、同法四条一項には「当該貨物の輸出の際にその輸出国において当該貨物又は同種の貨物が通常の卸取引の量および方法によつて販売される価格」と規定されているので、右価格の決定には、その輸出国における卸取引市場での取引の存在が一応予定されているものと解されるところ、本件貨物の輸出国である北朝鮮における経済活動が社会主義の原理に立脚していることは公知の事実であるとはいえ、その具体的事情、ことに本件貨物である鉛および亜鉛の各インゴツトについての卸取引市場の存否ないしその実情については、これを明らかにする資料が存在せず、したがつて本件各仕入書に記載されているFOB価格が同国における卸取引市場で形成された価格であるかどうかについては、これを確定しがたいところである。しかしながら、右FOB価格が本件貨物の売手と買手との間における自主的にして自由な輸出入の商談の結果決定された卸値であり、そこに特殊ないし異常な事情が介在していた形成は、認められないものであるから、右の各仕入書にあるFOB価格をもつて、北朝鮮との鉛および亜鉛の各インゴツト輸入取引における通常卸売価格および通常積込費用の一例を示すものと評価し得るのであり、したがつて、本件貨物の課税価格を構成する前記通常卸売価格および通常積込費用は、同法四条二項にもとづき、本件各仕入書の記載により決定し得るものといわなければならない。

2  通常運賃について

弁護人は、本件貨物の通常運賃については、その輸入申告に際し提出された運賃請求書に記載された額がかりに真実でないとしても、同法四条一項にいう通常運賃に合致するものであつた旨主張するところ、前掲各証拠によると、本件貨物の輸入申告に際し提出された各運賃請求書に記載の運賃額がいずれも真実の額を大巾に上廻るものであつたことは明白であるから、本件貨物の課税価格を構成する通常運賃額を右書類によつて決定することはできず、同法四条三項にもとづきいわゆる最近の輸入実績より決定することとなる。そこで最近の輸入実績を検討するに、第一四、一五および一九回各公判調書中の証人高野洋四郎の供述部分ならびに大阪税関長窪田譲作成の「東海商事株式会社に係る関税法違反事件に関する鑑定書ならびに鑑定証言の基礎資料について」と題する書面に添付の「北鮮産電気亜鉛運賃保険料率一覧表(輸入実績)」および「北鮮産電気鉛運賃保険料率一覧表(輸入実績)」とそれぞれ題する書面を総合し、本件各事案の各輸入に対する最近の時期として、昭和四一年一月初めから同年三月末までの期間を選定したうえ、その間の北鮮からの電気鉛および電気亜鉛の各輸入につきその運賃を調査すると、別表(三)のおりの輸入実績が認められる。なお、右の各証拠によると、(一)右期間中の同種貨物の輸入実績として被告会社関係分が存在するが、その運賃単価はいずれも前判示のとおり真実と認められないものであるから、これを除外して考えるべきものであり、(二)右期間の前の期間の輸入実績も存在するが、同法四条三項によつて考慮される輸入実績は当該輸入に対して「最近」のものに限定されているから、その期間としては、右判示の期間程度に限局するのが相当である。したがつて、弁護人が指摘する右期間外のその余の輸入実績も除外されることとなる。)しかして、右輸入実績計一五例中、輸入申告に際し提出された書類に記載されたとおりの運賃単価がそのまま右書類により決定されたものは、同別表の電気鉛関係では番号1ないし3、7、8の五例、電気亜鉛関係では番号1、2、4、6の四例であるから、右九例の輸入実績にもとづき、本件貨物の運賃単価を定めることとなる。そうすると、右運賃単価は、電気鉛関係では一メトリツクトン当り5.85ドルないし一ロングトン当り6.70ドル、電気亜鉛関係では一メトリツクトン当り8.80ドルであるところ、前掲各証拠によると、被告会社を含む北朝鮮からの電気鉛と電気亜鉛の輸入商社とその貨物の運送に当る船舶会社との間では、右両貨物の運賃単価を定めるに当り、両者を同一に扱つていることが殆んど全てであることが認められるから、運賃単価を決定するに当つては、電気鉛と電気亜鉛を同法四条三項にいう類似の貨物とみることができ、そうすると、本件両貨物についての最近の輸入実績による運賃単価は、一メトリツクトン当り5.85ドルないし8.80ドルということになる。右のとおり本件輸入貨物に対する最近の輸入実績における運賃単価には、少なからぬ値巾が認められ、一見奇異に感じられるのであるが、このことは、前掲公判調書中の証人田中猛、同西岡謙司の各供述部分および第三五回公判調書中の証人相川理一郎の供述部分によつて認められる本邦と北朝鮮との間の当時の貿易の特殊事情、すなわち、両者間の政治関係の不安定のため、近接地域でありながら、不規則かつ小規模な貿易関係しか成立せず、もとより両地域間の運賃表(タリフ)は存在せず、海上運賃は、貿易会社と船舶会社との間のその都度の交渉によつて定められていた事情に照応するものと判断されるから、右値巾の存在を一機に不合理なものとみることができず、結局、前記輸入実績より判定する本件貨物の当時の通常運賃単価は、右値巾の存在をそのまま許容した一メトリツクトン当り5.85ドるないし8.80ドルと認めるほかはない。とちろで、右の数値は、輸入港を大阪港としたものであるから、本件貨物のうち輸入港を川崎とした分については、同法四条三項後段の規定にいう「その他の事情の差異による価格の相違があるもの」にあたるものとして、「その相違を勘案し合理的に必要と認められる調整」を数値に加えて、その運賃単価を決定することになるが、右調整額は、前掲公判調書中の証人高野洋四郎の供述部分により、一メリツクトン当り一ドル増と認めることができる。結局、最近輸入実績より導き出される本件貨物の当時の通常運賃単価は、輸入港か大阪港のものについては、一メトリツクトン当り5.85ドルないし8.80ドル、それが川崎港のものについては、同6.85ドルないし9.80ドルと判定され、前者については一メトリクトン当り8.80ドルを、後者については同9.80ドルをいずれも超えないものであるから、前者について一ロングトン当り一三ドル、後者について同一五ドルをいう弁護人の主張そのものは失当である。しかし、前者が一メトリツクトン当り8.80ドルの、後者が同9.80ドルの各運賃単価を許容するものである以上、本件貨物の課税価格を定めるにつき採るべき通常運賃単価としては、右の数値、すなわち、輸入港が大阪港のものについては一メトリツクトン当り8.80ドル、同川崎港のものについては同9.80ドルであることがいずれも否定できないことに、前者についての前記対照輸入実績九例中四例が一メトリツクトン当り8.80ドルである。)ことにより、その限度で、右弁護人の主張は、理由があるものとし、これをその限度で採用する。

3  そうすると、本件各貨物の課税価格は、別表(一)および(二)の各Ⅲ欄に記載の各数数値にもとづき算定される(なお保険料率は、いずれもその信憑性が否定されない前掲各輸入申告書綴中の保険証書に記載の率に従い、これを第二二回公判調書中の証人浦田弘の供述部分によつて認められる慣用の保険価額の算定方法に従つた価額(貨物の価格、積込費用、保険料の合計額の一割増の価額)に適用して算出した保険料(同欄中の保険料欄に記載のとおり)をもつて、本件貨物にかかる同法三条一項にいう通常保険料と認めることができる。)同表各Ⅲ欄中の課税価格欄の各金額となる。なお、本件各貨物の輸入申告時の重量は、前掲各輸入申告書綴中の計量検査結果記載部分により、同表各Ⅳ欄中の検査数量欄に記載のとおりであることが認められるから、この数値を基準として、本件各貨物について関税額を算定した結果にもとづき、前判示のとおり、同表各Ⅴ欄に記載の各逋脱関税額を認定した。

三本件における追徴の裁判が違憲であるとする点について

弁護人は、検察官が本件において被告人朴福根および被告会社に対するものとして八八八六万一八八六円の、被告人朴正浩および被告会社に対するものとして六七二五万二〇三一円の各追徴の裁判を求めたが、右は本件事案が検察官主張の犯罪となるものと仮定しても、その犯罪に対して著るしく均衡を欠いたものであり、被告人らに対し残虐な刑罰を科すこととなるものであるから、その裁判およびその根拠である改正前の関税法一一八条二項の規定は、憲法三一条および三六条に違反する旨主張するところ、当裁判所は、以下に判示する理由にもとづき、本件における被告人朴福根および同朴正浩に対してはもちろん、被告会社に対しても、追徴の裁判をすることがきないものであると判断した。すなわち、本件事案は、改正前の関税法一一〇条一項一号前段に該当するものであるから、本件各貨物は、同法一一八条一項の規定により同法一一〇条の犯罪に係る貨物として、没収の対象とされ、そして現在右の各貨物が被告会社によつて処分され、没収することができないものであるから、同法一一八条二項の規定により、本件の犯人である被告人ら三名から本件犯行時の価格に相当する金額が追徴されることとなる。右価格は、国内卸売価格と解されるから、前掲各公判調書中の証人高野洋四郎の供述部分、同人作成鑑定書および前掲大阪税関長窪田譲作成の書面により認められる右価格を基準として算定された別紙(一)および(二)のⅥ欄中の追徴鑑定額欄に記載の各金額がいずれも関係被告人から(すなわち別紙(一)関係分については、被告人朴福根および被告会社から、同(二)関係分については、被告人朴正浩および被告会社から)追徴されることとなる。ところで、右追徴額をみると、各逋脱額に対して、いずれも極めて高額であり、被告人朴福根関係(別紙(一)関係)では、二万円余の逋脱税額の事案で追徴額か一一〇〇万円を超えるもの(同表1)を筆頭として、最低のものでも二八万円余の逋脱税額の事案で追徴額が三三〇〇万円に達し(同表3)、逋脱税額に対する追徴額の割合は、最高のものでは五二七倍、最低のものでも一一六倍になり、五件合計六一万余円の逋脱税額の差額関税逋脱事件で合計八八八〇万円をこえる追徴額となつており、他方被告人朴正浩関係(別紙(二)関係)では、三万八〇〇〇円余の逋脱税額の事案で追徴額が八八〇万円をこえるもの(同表1)を筆頭として、最低のものでも一七万円余の逋脱額の事案で追徴額が二四七〇円をこえ(同表6)、逋脱税額に対する追徴額の割合は、最高のものでは二二九倍、最低のものでも一四二倍に達し、六件合計四三万円余の逋脱額の差額関税額の差額関税逋脱事件で合計六七二〇万円をこえる追徴額となつている。

ところで、没収および没収に代わる追徴の事項内容は、その制度の本旨に適合する限り、立法府の裁量によつて定め得る事項であるところ、改正前の関税法一一〇条の関税逋脱事犯につき、没収および没収に代わる追徴の制度が定められている趣旨は、右事犯による貨物またはこれに代るべき価格が犯則者の手に存在することを禁止し、もつて関税逋脱事犯の取締を励行すべく、共犯者のある場合には、共犯者の共同連帯責任でこれを納付させることによつて、その趣旨を貫徹しようとすることと併せて、関税逋脱貨物がそのまま国内市場に流通することにより生ずる産業経済上の悪影響を徹底して防止しようとすること(追徴の刑罰的性格と行政目的達成の手段的性格)にあると考えられ、このうち後者については問題の余地なしとはいえないが、なお全体として追徴の制度の本旨に適合しないものとまではいえないことは明らかであるから、同法一一〇条違反の罪につき、犯罪貨物等の没収を必要的とするとともに、犯人の全てに、全額の追徴を必要的に定めた同法一一八条一、二項の規定そのものが、憲法三一条および三六条に違反するものとまではいいがたい。しかしながら、右関税法の追徴の規定を具体的事案に適用した結果、それが法の基本理念とする正義と衡平の理念に背馳し、右理念の下に法を運用する裁判所として、到底黙過しがたい事態が生ずるときは、法の明文の規定がないとはいえ、右追徴の処分の根拠が否定されるものとして、(いわば超法規的(広義の)刑罰阻却事由があるものとして、)その具体的事案に同法条を適用して追徴の処分をすることができないものといわなければならない。これを本件についてみるに、右関税法の追徴の規定を本件に適用した場合に、その追徴額が本件各逋脱事犯の規模(その主要な徴表である逋脱税額)と対比し、極めて多額であることは、すでにみたところであるが、かかる内容の追徴の本件における実質的根拠の検討として、まず本件犯行の態様をみるに、右犯行が、不正運賃請求書を使用してなした単純な差額関税の逋脱にかかるものであり、したがつてまた前判示の通常運賃決定方法に徴し税関当局が右不正を探知することが極めて容易なものであつたうえに、全体としての逋脱税率も必ずしも高くない(被告人朴福根関係では三四パーセント、同朴正浩関係では三八パーセントである)のである。

次に右関税法の保護法益の具体的侵害の程度をみるに、本件関税逋脱貨物の国内市場に対する影響としては、本件各事案において、前判示の関税を免れることによつて本件各貨物の受けた利益が一キログラム当り二〇銭ないし九二銭で、その課税価格の一キログラム当り単価の一パーセントに達しないものであることが計数上明らかであるうえに、当時すでに右貨物は、外国貿易上いわゆる自由化品目に属していたものであるから、右関税逋脱額の本件貨物の価格への反映度が薄いことことと相まち、本件各貨物がその関税逋脱のゆえをもつて国内市場にもたらした悪影響は、存在したとしても極く僅かのものであつたと推認されるところ、現に本件犯行後間のない昭和四二年六月一日から施行の改正関税法(昭和四二年法律第一一号による)ものとにおいては、本件貨物と同種の貨物については、すでに没収および追徴の規定が適用されなくなつているのである。他方右関税法規の直接の保護法益である国家の課税権を侵害し国庫に与えた損害の点については、前判示のとおり、逋脱税率が必ずしも高くないうえに、逋脱税額そのものも多額とはいいがたく、また国家の間接消費税である点において、関税と同類の物品税、酒税、砂糖消費税等にかかるいずれの税法においても、その逋脱事犯に対し、その逋脱行為組成物件を、右関税法におけるように没収ないし追徴する旨の規定をおいていないことを考え併せると、右国家の課税権の侵害の点に着目して、本件における前判示の追徴を実質的に正当化することは困難である。さらにまた、被告人らに対する懲罰の必要性の点をみるに、本件各事犯については、所定の懲役刑および罰金刑の範囲内で処断して不足するような事情は認められず、他方、右追徴を科して、右懲役刑ないし罰金刑を最低限度に抑制したとしても、なお、被告人らの本件各事犯に対する刑事制裁としては、被告会社の一従業員として本件に加担した被告人朴福根、同朴正浩に対してはもとより、被告会社に対しても著るしく過重となるものと判断されるのである。

してみれば、本件事案において、被告人三名に対する前記の追徴は、その実質的根拠と必要性の殆んど全てを欠くものと断ぜざるをえず、結局、被告人らに対し徒らに甚大、過酷な制裁を科する結果となるものである以上、明文による直接の規定がないとはいえ、残虐な刑罰を禁じている憲法三六条の規定の精神と法の基底とする正義と衡平の理念に照らし、かかる結果は、到底容認されがたいものというべく、したがつて、当裁判所としては、右関税法の追徴の規定を適用して、被告人らに前記追徴の裁判をすることができないものといわなければならない。

よつて、主文のとおり判決する。

(大政正一 井上清 池田勝之)

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